はじめに——これは、僕自身の挫折の話
この記事は、スパークルキャリアのホームページで最も読まれている記事です。49のいいねをもらった、最も人気のある内容。なぜ多くの人がこれを読むのか——それは、おそらく「失敗の話」だからだと思っています。
成功ばかりを語る起業家は多い。けれど、その前にあった挫折、絶望、そして「もう一度立ち上がる」という選択に、人は心を惹かれるのだと思います。
これは、高校卒業後の僕が「町長になる」と決めてから、その夢を諦めるまで。そして、別の形で社会を変える道を見つけるまでの、人生で最も大切な1年の物語です。
「政治家」は遠い世界の話だった
僕は平凡な家庭に育ちました。父は中学校の教師。母は専業主婦。兄妹がいる、ごく普通の家族です。政治家の家系でもなく、親戚に有名人がいるわけでもない。
子どもの頃から「いつかこの町を変えたい」という想いがあったわけではありません。むしろ、政治なんて、選挙なんて、遠い世界の話だと思っていました。ただ、高校時代に二つの出来事が、僕の人生を大きく揺さぶることになります。
心を揺さぶった二人の存在
一人目は、橋本徹。大阪府知事として、大阪を根本から変えようとしていた政治家です。2008年、僕が高校生の頃、彼のニュースをよく見かけました。既得権益に風穴を開ける。古い既成概念を壊す。テレビでは、彼のそうした姿勢が連日報じられていました。
もう一人は、坂本龍馬。NHKの大河ドラマで放映されていた彼の物語に、僕は心を奪われました。既成の枠を打ち破り、新しい時代を切り開く。個人の力で社会を動かす。高校生の胸には、その映像と物語が焼き付きました。
橋本徹の政治活動と、坂本龍馬のドラマ。この二つが重なったとき、僕の心に一つの確信が生まれました。
この町を根本から変えるには、自分が頂点にいる必要がある。
高校卒業後、まだ何の準備もないままに、僕はそう考えました。
「言葉にした瞬間」、現実が動き出した
20歳の時、僕は周囲に言いました。「俺は町長になる」と。
普通に考えれば、高卒で政治的なネットワークもない、ただの若い男が「町長になる」と宣言することは、滑稽かもしれません。実際、多くの人に笑われました。親戚の集まりでそう言えば、困惑の顔をされます。友人たちも、「またか」と返すくらい。
けれど、言葉にした瞬間、何かが変わりました。
それは、ただの「夢」ではなく、「宣言」になったのです。そして、その宣言を聞いた一人の人物が、僕の人生を動かすことになります。それが、政治家でした。
運命的な出会いと、突きつけられた現実
「選挙に出てみるか?」——震える興奮
1ヶ月以内のことでした。僕の「町長になる」という言葉が、あるルートを通じて、地域で影響力を持つ政治家の耳に届きました。その人物は、僕に声をかけてくれたのです。
「君、次の選挙に出てみるか?」
その瞬間、僕の心は高鳴りました。夢が現実になる。言葉にした瞬間から1ヶ月で、選挙に挑戦する道が開かれたのです。当時の僕にとって、これ以上の幸運はありませんでした。
なぜ町長を目指したのか
多くの人が、僕に同じ質問をしました。「なぜ町長なの?まずは市議会議員とか、もっと下から始めたら?」
その答えは、シンプルでした。
町を根本から変えるには、頂点にいる必要がある。市議会議員では、システムの中で働くことになる。予算も、権限も、既得権益の中で動いているに過ぎない。本当に変えたいなら、トップにならなければ意味がない。当時の僕は、そう信じていました。
正直に言えば、その考えは、今から見れば傲慢でした。しかし、あの時の僕には、その信念が必要だったのです。その信念があってこそ、僕は動くことができたのですから。
家族の覚悟と、仲間たちの涙
選挙に出ると決めた時、親は反対しませんでした。むしろ、静かに応援してくれました。
父は言いました。「お前がやると決めたなら、応援する」。母も、「ご飯を作るから、帰りは遅くなるだろうけど、頑張りなさい」と。高卒で、何の基盤もない息子が、町長立候補を宣言する。普通の親なら止めるかもしれません。けれど、僕の親は、僕の意志を尊重してくれました。
そして、一人の人物が、僕の最大の支援者になります。高石さん(仮名)——地域で古くから政治活動をしてきた、僕のメンター的存在です。
高石さんは、僕に言ってくれました。
「君が泣きながら『この町を良くしたい』と言っていた姿を見て、僕はお前を応援しようと決めた。」
その言葉が、どれほど僕を支えたのか。言葉では表せません。政治的なネットワークがない高卒の青年を、ただ「その想いの純粋さ」を理由に応援する。そうした人間関係が、当時の僕を支えていました。
仲間たちも涙を流していました。週末になれば、友人たちが手伝いに来てくれた。ビラを配る、電話をかける、何度も何度も。彼らは、給料ももらわず、ただ僕の「想い」を信じて、一緒に動いてくれたのです。
想いだけでは戦えなかった
けれど、現実は、想いだけでは通じないことを、僕に突きつけました。
選挙戦が本格化する中で、ある選挙コンサルタントが、僕の元に来ました。プロとして、選挙を勝つための戦略を立てるための対話をしようというのです。
その対話の中で、コンサルタントは僕に言いました。言葉は丁寧でしたが、その内容は厳しいものでした。
「君は、準備が足りていない。政治的なネットワークがない。知名度もない。資金もない。高卒であることも、経歴の空白も、すべてが不利になる。現実を見て、まず市議会議員として経験を積むべきだ。」
その言葉は、厳しかった。けれど、正しかった。
僕は、その時、初めて自分の無謀さを直視しました。想いだけでは、現実を変えられない。組織を持たない、ネットワークを持たない、資金を持たない者が、一国一城の主を目指すことがいかに困難かを。
当時、政党関係者たちも、同じことを言っていました。「2期市議をやってから、町長を目指しなさい」と。業界では、それが常識だったのです。
社長との「男と男のケジメ」
選挙出馬の決意をするまで、僕は会社で働いていました。その会社の社長が、どう対応するのかは、大きな決断でした。
選挙活動を本気でやれば、仕事に支障が出る。そのことは避けられません。社長に事情を説明した時、彼の返答は意外なものでした。
社長は、僕の選挙出馬を応援すると言ってくれました。「お前のやりたいことをやれ」と。そして同時に、こう言いました。
「けれど、選挙に落ちたら、この会社には戻ってくるな。男と男のケジメだ。一度離れたら、きれいに別れろ。」
その言葉は、応援であると同時に、決別宣言でもありました。覚悟を決めろ、というメッセージ。后退は許さない、という強い意志。その社長の言葉が、僕に最後の決意を与えたのです。
こうして、僕は会社を辞め、選挙活動に身を投じることになったのです。
ひとりになった12月——そして消えなかった志
選挙は、負けました。
その衝撃は、言葉では説明できないほどでした。3ヶ月間、毎日毎日、歩いて、話して、想いを伝えたつもりでした。けれど、現実は、その想いを受け止めてくれませんでした。
落選した後、僕は12月をひとりで過ごすことになります。
仕事もない。収入もない。周囲の期待は、すべて裏切ってしまった。支援してくれた仲間たちに、どう顔を合わせたらいいのか。親に、どう説明したらいいのか。
12月の毎日は、謝罪で始まっていました。支援してくれた人たちへの電話。仲間たちとの対面。そのすべてで、ひたすら「申し訳ない」を繰り返していました。
けれど、その12月の中で、面白いことに気づきました。
志が消えなかったのです。
落選した時点で、普通であれば「政治家になる夢は終わり。現実的な人生に戻ろう」と考えるかもしれません。実際、多くの人がそう言いました。「もう諦めたら?」「別の道を考えたら?」と。
けれど、僕の中から、その野心は消えませんでした。ただ、形が変わったのです。
経営者として社会を変える道
12月の終わりごろ、僕は一つの気づきに到達しました。
政治家になることだけが、社会を変える方法ではない。
人を育て、雇用を生み出し、税金を納める。そうした行為も、また社会への貢献である。むしろ、個人の判断で迅速に行動できる経営者だからこそ、できることがあるのではないか。
その気づきが、スパークルキャリア設立のきっかけになったのです。
介護・福祉業界に目をつけたのは、ある理由がありました。この産業は、日本の社会的課題の最前線にあります。高齢化、労働力不足、低待遇。多くの矛盾と課題が、この業界に集中していました。そして、その課題の中心にあるのが「人」です。
政治家として「上から」社会を変えるのではなく、経営者として「下から」社会を変える。一人ひとりの人生に寄り添い、その人が本来持っている可能性を信じて、キャリアを支援する。その積み重ねが、業界全体、そして社会全体を変えるのではないか。
その信念が、スパークルキャリアの理念になりました。
まとめ
この記事を読んでくれている方の中には、仕事で挫折を経験している人もいるかもしれません。キャリアの選択で失敗した人もいるでしょう。転職を考えているけれど、「本当にこの決断が正しいのか」と迷っている人もいると思います。
僕が伝えたいのは、シンプルな一つのメッセージです。
挫折は、終わりではなく、始まりである。
町長選挙での敗北は、政治家としての夢の終わりでした。けれど、それは、経営者としての夢の始まりでもあったのです。一つの形が崩れたからこそ、別の形を見つけることができました。
その時点では見えなかった。失望と絶望の中にいた時点では、「これからどうなるんだ」という不安しかなかった。けれど、その後の人生を見れば、その挫折が、どれほど必要なものだったのかが分かるのです。
高校卒業の何の準備もない若者が、政治の世界に飛び込み、落選し、そこから経営者として立ち上がる。その過程で、僕は何を学んだのか。それは、「個人の野心」の力です。
一人の人間が「何かを変えたい」という想いを持つこと。それを言葉にし、行動に移すこと。その過程では、失敗も挫折も、多くの痛みを経験することになるかもしれません。けれど、その想いが消えなければ、必ず別の形で実現されるのです。
だからこそ、僕たちスパークルキャリアは、介護・福祉業界で働く一人ひとりの「本当にやりたいこと」を信じています。給与や条件ではなく、その人の根底にある「動機」「想い」に向き合う。そして、その人がその想いを実現できるようなキャリアパスを一緒に考える。
あなたの中にも、何かしらの「志」があるのではないでしょうか。今の状況では実現できていなくても、別の形なら実現できるかもしれません。僕たちは、その可能性を信じています。