パティシエになりたかった。その夢を叶えるために、学校に通って、製菓の技術を身につけた。けれど現実は違った。毎日のように身体が悲鳴を上げて、思うように動かない。朝は起きられず、シフトに入られない日が続いた。

「こんなことになるなら、なぜ勉強したんだろう」。そう思いながら、パティシエの夢を手放さざるをえなかった。その後、彼女が経験することになるのは、介護、医療、事務、コールセンター。どの現場でも、心や身体に傷がつくことばかり。セクハラに耐え、不安定な雇用に怯え、それでも前に進もうとした。

「介護はね、素晴らしい仕事です。でも、『事務がしたい』って言うと、『何を言っているんだ』って目で見られる。『あなたはまだ何がしたいか分かっていないんじゃないか』って言われるんです」。

違う。彼女は分かっていた。自分は何が必要で、何が大切か。ただ、それを言葉にすることすら難しい時代に、彼女は歩み続けていた。

夢を追い、身体が止まった日

パティシエになりたいという想いは、子どもの頃から変わらなかった。丁寧な手作業で、人を喜ばせるお菓子を作る。そのイメージは、彼女の心を支えていた。製菓学校に進んで、実技試験に合格し、いよいよという時に、身体が応えなくなった。

朝起きられない。疲労が取れない。身体の不調は、最初は本人も原因を理解できていなかった。でも、実習を重ねるにつれ、現実は明らかになった。「この身体では、厨房での長時間労働は無理。毎日夜勤や早朝シフトのパティシエの仕事は、自分には向いていない」。

その診断が降りて数年も経たないうちに、パティシエの道は現実的ではないと受け入れるしかなかった。学んだ技術は活かせず、最初の就職先は受付の仕事だった。デスクワークなら、身体の負担は少ないと思った。けれど、職場の人間関係は複雑で、異動を命じられることも多かった。数年で受付を離れることになる。

いくつもの現場を渡り歩いて

その後、転職の繰り返しが始まる。医療機関の事務として働き、次は介護施設へ。介護の現場では、直接ケアもした。仕事の内容は異なっても、安定した「ここが自分の居場所」と感じられる職場には、出会えなかった。

給与が低いわけではない。やりがいだって感じる瞬間はある。でも、何かが欠けていた。それが何かは、その時点では本人にも明確には分からなかった。ただ、「もう何年もここで働き続けるのか」と考えると、不安が押し寄せてくる。そんな感覚の繰り返しだった。

セクハラ、不安定な雇用、言い返せなかった日々

ある時期、派遣労働者として異なる現場を転々とすることになった。労働条件は不安定で、給与は低く、解雇は予告なく訪れた。そして、最も傷つくことになったのは、セクハラだった。

「女性だから」という理由で、不適切な扱いを受けることは、一度や二度ではなかった。本当は言い返したい。本当は抵抗したい。でも、派遣の身では、その声も上げられない。「今、ここで言い返したら、この職場にいられなくなる」。その恐怖が、彼女の口を塞いだ。

年月が経つにつれ、その経験は心に積み重なっていった。「自分の人生が、本当に自分のものではない感覚」。毎日、それと戦いながら働き続けることがどれほど重いか、その重さは、本人以外には測りようがない。

介護の現場で出会った優しさと、慣れることのない悲しみ

介護の現場で働く中で、彼女が感じたのは、スタッフ同士の心からの優しさだった。同僚たちは、一つの目標に向かって助け合っていた。利用者さんの最期に立ち会い、その人生の一部に関わることができる仕事の重みも理解していた。

「本当に素敵な職場だ」。最初はそう思った。親切にしてくれる先輩たちに囲まれ、利用者さんから感謝の言葉をもらう。その瞬間、仕事の価値を感じた。

けれど、その素晴らしさゆえに、別の苦しさも生まれた。親しくなった利用者さんが、突然いなくなる。数年一緒にいた人の死を受け入れることはできない。心の準備がいくら整っていても、喪失感はやってくる。その悲しみから逃げられない環境で、毎日を重ねることは、彼女の心をすり減らし続けた。

「悪い職場ではないんです。むしろ、いい職場です。でも、自分がこの悲しみを何度も経験できる強さを持っていないことを、ようやく認めました」。

「事務がしたい」は逃げじゃない

その後、彼女はコールセンターで働くことになった。直接人と関わるケアの仕事から少し距離を置き、顔の見えない相手とのやり取りを重ねた。その時になって、初めてはっきり見えてきたものがある。

もくもくと働ける場所が、自分の居場所

「事務の仕事がしたい」。その言葉は、決して逃げではなく、明確な選択だった。パティシエの夢を失い、介護の現場を経験し、複数の職場を経て、彼女は何を大切にしたいのかが分かっていた。

それは、黙々と自分の仕事に集中できる環境。数字を扱い、書類を整理し、整然とした業務フローの中で、心を落ち着けて働ける場所。感情的な負荷が少なく、自分のペースで進められる仕事。

「事務職って、システムが整っている仕事が多いじゃないですか。その安心感が、自分には必要だったんです。『今日もここで、今の自分のままで仕事ができるんだ』。その感覚が欲しかった」。

それまで、周囲からは「何度も転職して、まだ何がしたいか分かっていないんじゃないか」と言われていた。でも違う。彼女は分かっていた。自分が何を必要とするか、自分がどう働きたいか、そしてそれが他の誰かの人生よりも劣っているわけではないということを。

結婚を前に「ちゃんと暮らせる」を選ぶ

来年、結婚を控えている。将来的には家族を持つかもしれない。給与が安定していること、ボーナスがあること、産休や育休といった制度が整っていること。こうした条件は、決して「出来心」ではなく、人生設計に基づいた必要条件だ。

「自分たちらしく暮らすために、経済的な安定は欠かせない。そのために事務職を選ぶ。何がいけないんですか」。その問いに、答えられない。

実は、彼女の求める条件は、多くの人が望むものばかりだ。給与、休日、福利厚生。そしてそれらは、誰もが大切にして良い条件なはずだ。にもかかわらず、介護業界で「事務がしたい」と言うと、まるで使命を放棄するかのように見られることがある。その目線が、どれほど彼女の心を傷つけたか。

「自分のために働く」は、まっとうな選択

転職相談を通じて、彼女が一貫していたのは「自分の人生を大切にしたい」というシンプルな想いだった。介護は素晴らしい仕事だ。そこで学んだこともたくさんある。けれど、自分の人生を全て奪ってまで続ける仕事ではない。それは誰にとっても同じはずだ。

「自分らしく生きるって、こんなに難しいんだなって思いました」。その言葉の背景には、社会的期待、職業的なステレオタイプ、性別による役割圧力、そしてそれらすべてに抗うことの疲労が詰まっている。

だからこそ、彼女の選択は尊い。自分の人生を取り戻し、自分が必要とするものを言葉にし、それに向かって進もうとする姿勢。それは「自分勝手」ではなく「自分のための選択」であり、それは極めてまっとうだ。

働き方に「正解」はない。給与が高い仕事が素晴らしいわけではなく、やりがいのある仕事がいつも最良とも限らない。自分の人生をどう生きるか。その問いに対して、誠実に答えることができる人は、どんな職業にいても輝いている。

まとめ

彼女の転職相談から見えてくるのは、ひとりの女性が自分の人生と向き合い続けた軌跡だ。パティシエの夢をあきらめ、介護で優しさに触れ、セクハラに耐え、不安定な雇用に怯えながらも、最後に「自分は何が必要か」という問いに真摯に向き合った。

その過程で気づいたのは、「事務職がしたい」という選択が決して逃げではなく、自分の人生を守るための戦略的な選択だったということだ。給与、休日、福利厚生。こうした条件を重視することは、けっして利己的ではなく、人生責任を持つ大人の選択である。

社会は、「利他的であること」「やりがいを感じること」を強調する。でも忘れてはいけない。自分の人生を大切にすること、自分のために働くことも、同じくらい大切な選択なのだ。その認識がなければ、キャリアの満足度は生まれない。

彼女の次のステップが、心から「ここが自分の場所だ」と感じられるものであることを、心から願っている。