「今は子育てに集中して、子どもが大きくなってから仕事に戻ろう」——介護職の女性から、こんな話をよく聞きます。責任感の強い方が多い介護業界では、とても自然な考え方に見えます。

けれど、私たちのキャリア相談の現場では、これが実は危険な選択かもしれないということを、何度も目の当たりにしてきました。なぜなら、子どもの成長は想像以上に早く、その間に「キャリアの空白」が広がり、戻りにくくなるからです。

子育てと仕事。どちらかを完全に選ぶのではなく、「今からできる小さな一歩」が、実は5年後10年後の人生を大きく変える。そのことを、ある女性との面談から学びました。

「落ち着いてから」では、チャンスが過ぎてしまう

キャリア相談で「いつ職場復帰を考えていますか?」と尋ねると、多くの親世代の女性は「子どもが小学校に入ってから」「高校に入ったら」という答えが返ってきます。その気持ちはよく分かります。幼い子どもは、親の関与が不可欠です。

ですが、実際に子育てを経験した方ならお分かりでしょう。「ちょっと手が離れた」と思ったその瞬間に、また次の段階が来ます。小学生になれば宿題のサポート。思春期になれば、子どもは親を必要としながらも、親に心を開かなくなる時期も来る。完璧なタイミングなど、本当にやってこないのです。

そして、その間にキャリアの空白が広がります。5年、10年の離職期間があると、「何か難しい」という空気感が職場復帰の時に立ちはだかります。これは本当の話です。スキルや知識よりも、「ブランク」という目に見えない壁が、大きな心理的負担になるのです。

「やっぱり私には無理なのかな」——そんな風に諦めてしまう人も、多く見てきました。

仕事でしか得られない「達成感」と「つながり」

あるキャリア相談で、こんなことを話してくれた女性がいます。

「子育ては本当に大切だし、やりがいもある。でも同時に、仕事でしか得られない『達成感』があるんです。利用者さんのケアプランを立てて、それが実現したとき。後輩が成長するのを見たとき。そういう経験が、自分の人生を豊かにしている気がします。」

この言葉は、多くの介護職の方に当てはまるのではないでしょうか。介護の仕事は、その名の通り「ケア」です。利用者さんの人生に寄り添い、関わり、時には大きな決断に携わる。そこには、仕事としての達成感と、人間関係としての深い「つながり」があります。

子育ても同じくらい大切です。しかし、仕事で得られるものを完全に手放すことを選択した場合、心理的な充足感は大きく損なわれる傾向があります。特に、介護職のように「人の役に立つ」ことが本質にある仕事をしていた方ほど、その喪失感は強くなるのです。

完璧なタイミングは来ない

では、どうしたらよいのか。答えは、意外とシンプルです。

完璧なタイミングを待つのではなく、「今できる小さな一歩」を踏み出すことです。短時間勤務から始めても、経営層のサポート業務に回してもらっても、オンサイトでのシフトを減らしてもらってもいい。形は何でもいいのです。大切なのは、キャリアとのつながりを、完全には切らないことです。

今できる「小さな一歩」とは

子育てと両立させるために、具体的にどんなことができるのか。面談の中で、複数の女性から聞いた工夫をご紹介します。

  • 短時間勤務制度を使って、週3日の勤務に切り替える
  • 直接ケアから施設管理・企画の業務にシフトして、時間的融通を確保する
  • 夜勤をなくして、日勤のみの契約にしてもらう
  • 同じ法人内で、別の職種(相談員、事務、研修担当など)に異動する
  • 子どもの成長段階に合わせて、柔軟に勤務内容を変更できる契約にしておく

介護業界で子育てと両立しやすい働き方

✦ 両立を実現した女性たちの事例

事例1:短時間勤務×事務業務
特別養護老人ホームで介護職をしていた女性は、子どもが生まれたタイミングで「生活相談員」に職種転換。週3日の勤務で、保育園との時間に合わせた働き方を実現。「介護の知識は活かせるし、キャリアも続いていると感じる」と話します。

事例2:日勤固定×専門性深掘り
別の女性は、認知症ケアの専門資格を取得しながら、夜勤なし・日勤固定の勤務契約に変更。子育てと仕事の時間を分けることで、どちらにも集中できるようになったとのこと。

事例3:契約社員×柔軟なシフト
複数の法人で勤務シフトを調整してもらい、子どもの成長段階に合わせて勤務時間や日数を変更。「決して『退職』ではなく『変更』という形」だからこそ、いざ戻ろうと思ったときに戻りやすいとのことです。

重要なのは、多くの法人が、こうした柔軟な働き方に応じられるだけの余裕がないということではありません。むしろ、「子育てとの両立」を真摯に受け止め、一緒に工夫しようとしてくれる法人は、実は相当数存在するのです。ただ、そうした法人を見つけ、自分の希望を丁寧に伝える勇気が必要なだけなのです。

自分の人生を自分で選ぶために

「落ち着いてから」という判断は、受動的な選択です。一見、子育てに専念する「良い親」になろうとしているように見えますが、実は「人生の主導権を誰かに預けている」状態でもあります。

子育てが落ち着くまで待つ。その間に、キャリアは勝手に進まず、社会的な期待値も下がり、自分自身の「できる」という感覚も失われていく。結果として、「もう遅いのかな」という諦めの気持ちが生まれやすいのです。

けれど、今からでも遅くありません。今この瞬間に、「自分の人生をどう生きたいのか」を考え、それに合わせて「今できることは何か」を決める。その選択肢は、実は思っている以上にたくさん存在するのです。

キャリアも子育ても、育てるもの

キャリアと子育てを「二者択一」で考える必要はありません。どちらも、その時々の状況に合わせて「育てるもの」だと考えることができます。

子どもが0歳のときは、子育てに時間を割く。でも、その間にも「どんな仕事をしたいのか」「どんなキャリアを描きたいのか」を心の片隅に持ち続ける。そして、少し余裕が出てきたら、短時間勤務や職種転換などの形で、そのキャリアの種に水をやる。そうすることで、5年後10年後に「あのとき決断してよかった」という実感が生まれるのです。

完璧な子育てと、完璧な仕事を同時に実現することは難しいかもしれません。けれど、「両方を大切にしたい」という気持ちから目を背けることは、自分自身の人生に対する裏切りでもあるのです。

まとめ

「落ち着いてから」という判断は、一見優しく思えますが、実は自分の人生の主導権を誰かに預けている選択かもしれません。子どもの成長は早く、完璧なタイミングは来ません。

大切なのは、今からできる「小さな種」を、自分の手で蒔くことです。短時間勤務でもいい。職種転換でもいい。その小さな選択が、5年後10年後の人生の景色を、大きく変えるのです。

子育てと仕事。どちらかだけの人生ではなく、両方を大切にする人生を。自分で選んで、自分で歩む。その勇気が、未来を変えるのです。